
慢性的な痒み、繰り返す皮膚炎、薬への不安、そして飼い主様の疲弊。
犬猫の皮膚科診療では、単に「痒みを止める」だけでは解決しきれない症例に出会うことがあります。
今回お話を伺ったのは、皮膚科診療に長く取り組み、2018年頃からCBDを皮膚科症例の一部に取り入れてきた吉田昌則先生です。
吉田先生は、日本獣医皮膚科学会認定医として、複数の動物病院で皮膚科診療を担当されています。
日本アニマルCBD協会として、これまで中村雄海先生には「もう一つの消炎剤」という視点から、大竹大賀先生には「神経疾患の補助療法」という視点からお話を伺ってきました。
第3弾となる今回は、皮膚科医の目線から、慢性皮膚疾患、痒み、行動、飼い主様との関係、そしてCBDの臨床的位置づけについて伺いました。
「思い込みをどれだけ排除できるか」
吉田先生が診療で最も大切にしているのは、
「当て感にならないこと」
「思い込みをどれだけ排除できるか」
という姿勢です。
皮膚科診療では、見た目の印象だけで「アレルギーだろう」「感染だろう」「アトピーだろう」と判断したくなる場面があります。
しかし吉田先生は、そこに慎重です。
考えられる原因を挙げ、検査や治療反応を見ながら、一つずつ可能性を整理していく。
その診療スタイルは、非常に論理的でありながら、同時に現場の難しさもよく理解しているものでした。
一方で、吉田先生はこうも語ります。
「正しい診断が、正しい治療とは限らない」
これは非常に印象的な言葉でした。
医学的に正しい診断に近づくことは重要です。
しかし、飼い主様が望んでいるのは、必ずしも“診断名”そのものではありません。
「早く痒みを止めてほしい」
「この子がつらそうなのを何とかしてほしい」
「薬をずっと使い続けるのが不安」
そうした思いとの間に、獣医師側のロジックだけでは埋めきれないギャップがある。
吉田先生は、そのギャップを常に意識しながら診療していると話してくださいました。
慢性化した皮膚疾患は、なぜ難しいのか
吉田先生が皮膚科診療で最も難しさを感じているのは、慢性化した症例です。
皮膚疾患は、骨折のように「手術しなければ治らない」と明確に線引きされる疾患とは異なります。
一時的に痒みが落ち着いたり、少し良くなったように見えたりすることがあります。
そのため、専門的な診療につながるまでに時間がかかり、いざ来院した時には、すでに慢性化し、複雑化しているケースが少なくないといいます。
「来た時には、もう手に負えないくらいひどくなっているケースも多い」
と吉田先生は語ります。
皮膚の慢性化は、単に病変が長く続くというだけではありません。
長期間の痒み、繰り返す炎症、飼い主様の治療疲れ、過去の治療歴、薬への不安、生活環境。
それらが積み重なり、症例全体を複雑にしていきます。
痒みが長期化すると、行動も変わる
今回のインタビューで、行動学を専門とする私にとって非常に重要だったのは、吉田先生が「痒みと攻撃性」について明確に言及されたことでした。
痒みが長期化した症例では、
「結構攻撃的になります」
と吉田先生は話します。
そして、治療が進み、皮膚状態や痒みが改善すると、結果として攻撃性が落ち着いていたことに気づくことがあるといいます。
これは行動診療の視点から見ても非常に重要です。
痛み、痒み、腹部不快感などの身体的不快は、犬猫の情動状態を大きく変えます。
触られることへの抵抗、イライラ、過敏な反応、攻撃性。
こうした行動の背景に、身体的不快が隠れていることは少なくありません。
皮膚科医である吉田先生の臨床実感と、行動学で重視される鑑別視点が重なった場面でした。
「一発で診断がつく」と思われる皮膚科診療の難しさ
飼い主様との関係で難しい点として、吉田先生は、
「皮膚科は、一発で診断がつくと思われていることが多い」
と話します。
例えばアレルギー性皮膚炎や食物有害反応を疑う場合でも、実際には数週間から数か月かけて、表面の感染、外部寄生虫、食事、環境要因などを整理していく必要があります。
しかし、飼い主様の中には、
「今日行けば原因が分かる」
「すぐに痒みが止まる」
と期待して来院される方もいます。
ここに、皮膚科診療の大きなジレンマがあります。
ステロイドを使えば、痒みは短期的に大きく抑えられることがあります。
しかし、そこで痒みを止めることが、その症例にとって本当に最善なのか。
根本的な診断を見失わないために、どこまで待つべきか。
一方で、今苦しんでいる動物をどこまで早く楽にしてあげるべきか。
吉田先生は、ステロイドを否定しているわけではありません。
むしろ、必要な症例ではしっかり使う先生です。
ただし、そこには「むやみに怖がる」のでも「何となく使う」のでもない、症例ごとの判断があります。
CBDとの出会い──「エビデンスがない治療」を勧める難しさ
吉田先生がCBDを知ったきっかけは、私との会話でした。
当時、私は犬の皮膚疾患に対してCBDを臨床研究的に用い始めており、吉田先生にも症例の評価をお願いしていました。
しかし、吉田先生は最初からCBDに積極的だったわけではありません。
むしろ、
「理学療法やサプリメントを、もともと強く信じていたわけではない」
「エビデンスがない治療を前面に出すことには躊躇があった」
と率直に話してくださいました。
これは、とても大切な姿勢です。
CBDを扱う上で、最も危険なのは、期待だけが先行することです。
吉田先生は、
「効くかどうか分からないものを出すのは、しんどかった」
と語ります。
その慎重さがあるからこそ、実際に変化が見られた症例に対しても、冷静な評価ができるのだと感じました。
印象的だった症例──「もう何もない」と言わずに済むための選択肢
吉田先生が印象的な症例として挙げたのは、重度の皮膚症状を呈していたゴールデン・レトリーバーの症例でした。
標準的な治療を行っても行き詰まり、皮膚は重度に悪化していました。
そのような状況でCBDを導入したところ、痒みや皮膚状態に改善が見られ、使用していた薬剤の量を減らす方向に進めることができたといいます。
吉田先生にとって重要だったのは、
「CBDだけで治った」
ということではありません。
むしろ、
「標準療法を行って、それでも行き詰まった時に、まだこれがありますと言えること」
でした。
飼い主様に「もう何もできません」と伝えるしかない状況は、獣医師にとっても非常につらいものです。
その時に、過剰な期待ではなく、もう一つの選択肢として提示できるものがある。
吉田先生は、そこにCBDの価値を感じていました。
CBDの評価軸は「薬を減らせるか」
吉田先生がCBDを評価する際、最も重視しているのは、
「薬剤の投与量を減らせるか」
です。
皮膚科では、症状の見え方だけで効果判定することが難しいことがあります。
痒みの主観評価、皮膚の見た目、飼い主様の印象。
それらは重要である一方、変動も大きい指標です。
その中で、吉田先生は、
「ステロイドが毎日必要だった子が、週2回まで落とせた」
「アポキルの頻度が減った」
といった変化を、現実的な評価軸として見ています。
完全に薬を卒業することだけがゴールではありません。
副作用を確認しながら、少ない薬剤量で生活を維持できること。
その子と飼い主様にとって、現実的に続けられる地点を探すこと。
吉田先生の診療は、理想論ではなく、生活に即したものでした。
CBDを入れるタイミング──「慢性化しすぎる前に」
CBDをどのような症例に導入しやすいかを尋ねると、吉田先生はまず、飼い主様の治療観を挙げました。
長期的な内服薬に強い抵抗がある飼い主様。
薬を一生続けることに不安を感じている飼い主様。
そうした場合、CBDは選択肢の一つとして受け入れられやすいといいます。
同時に、症例側の条件としては、
「慢性化しすぎる前」
が重要だと話します。
皮膚が肥厚し、脱毛や苔癬化が進み、重症化した状態になってからでは、CBDを導入しても十分な変化を実感しにくい場合があります。
そのため、CBDを活用する際には、導入のタイミングや症例選択が重要になります。
だからこそ、導入するなら、タイミングと症例選択が大切です。
初期の痒み、皮膚炎が重度化しきる前の段階、標準治療である程度落ち着いた後に、薬剤量を減らす補助として用いる。
そうした慎重な使い方が、現時点では最も現実的だといえます。
皮膚科と行動学の接点──痒みなのか、痒み行動なのか
吉田先生は、皮膚科診療の中でストレスの関与を強く感じていると話します。
印象的だったのは、飼い主様が非常に熱心に観察し、記録し、家族全員で犬を見守っているケースについての話でした。
一見すると理想的な管理のようにも見えます。
しかし、犬の側から見ると、
舐めたら注意される。
掻いたら止められる。
常に見張られている。
そうした状況そのものが、ストレスになっている可能性があります。
吉田先生は、
「きっかけは痒みかもしれないけれど、もはやその次元を超えている」
と表現しました。
これはまさに、皮膚科と行動学が交わる領域です。
痒いから掻くのか。
掻くことが行動として定着しているのか。
飼い主様の反応が、その行動を強めていないか。
皮膚の治療だけではなく、生活環境、観察の仕方、飼い主様の安心感まで含めて考える必要があります。
飼い主様の「やれることをやっている」という安心感
CBDの価値について話している中で、吉田先生と私の間で強く共有されたのは、
「飼い主様が、自分はこの子にできることをしていると思えること」
の重要性でした。
もちろん、医学的評価は必要です。
血液検査、副作用確認、痒みの評価、薬剤量の変化。
しかし同時に、飼い主様の安心感も、診療の継続性に深く関わります。
飼い主様が「この子は少し良くなってきた」と感じると、犬を見る目が変わります。
監視ではなく、見守りになる。
不安ではなく、希望を持って観察できる。
その変化は、動物の行動にも影響します。
CBDは、単に成分として作用するだけではなく、飼い主様が前向きに関わるための一つのきっかけにもなりうる。
これは、行動学の立場から見ても非常に大切な点です。
導入を迷う獣医師へ──「一つの武器として考えてもよい」
吉田先生は、CBDを夢のような薬として語ることはありませんでした。
むしろ、繰り返し強調していたのは、
「エビデンスレベルはまだ低い」
ということです。
だからこそ、導入には慎重さが必要です。
しかし、標準治療を尽くし、飼い主様も獣医師も追い込まれている症例では、
「一つの武器として考えてもよい」
と語ります。
皮膚科や整形外科は、動物がすぐに命を落とす疾患ではないことも多く、だからこそ治らない状態が長く続きます。
飼い主様も、獣医師も、追い込まれていく。
その中で、標準治療を土台にしながら、補助的な選択肢を持つことは、診療を続ける力になります。
協会に期待すること──「効かないサプリ」で終わらせないために
吉田先生が、日本アニマルCBD協会に期待することは明確でした。
エビデンスを蓄積すること。
適切な症例選択を示すこと。
フォローアップの重要性を伝えること。
そして、CBDを「効かないサプリ」で終わらせないことです。
CBDは、投与して終わりではありません。
用量設定、ドーズアップ、観察記録、再診、血液検査、薬剤量の変化。
それらを丁寧に追わなければ、適切な効果判定はできません。
吉田先生は、むやみに広げるよりも、まずは正しく使える獣医師のもとで、慎重に経験を積み重ねることの重要性を語っていました。
これは、協会として非常に重く受け止めるべきメッセージです。
皮膚科診療の未来──免疫抑制だけではない第3のアプローチへ
最後に、皮膚科診療の未来について伺いました。
吉田先生は、現在の皮膚科治療について、
免疫抑制を中心とした治療には、ある程度の限界が見えてきている
と話します。
もちろん、ステロイド、アポキル、サイトポイントなどは重要な治療選択肢です。
しかし、それだけでは改善しきれない症例もいます。
今後は、
保湿
皮膚バリア
腸内細菌
食事
ストレス
行動
そしてCBD
といった、免疫を抑えるだけではないアプローチが発展していくのではないか。
吉田先生は、CBDについて、
「もしかしたら第3の矢になりうる」
と表現しました。
ただし、それはエビデンスが積み重なって初めて成立するものです。
期待だけで広げるのではなく、症例を丁寧に見て、記録し、検証していく。
それが、これからのCBD臨床に求められる姿勢だと感じました。
終わりに
吉田先生へのインタビューを通じて強く感じたのは、
CBDを「特別なもの」として扱いすぎないことの大切さでした。
CBDは魔法の薬ではありません。
一方で、標準治療だけでは届かない症例に対し、
「まだこれがあります」 と言える選択肢になりうる可能性があります。
という、非常に現実的で誠実な視点を示してくれました。

皮膚科医が見ているのは、皮膚だけではありません。
痒みの背景にある生活。
飼い主様の不安。
薬への抵抗。
慢性化した症例で失われていくQOL。
そして、その子らしく過ごせる時間。
私たち日本アニマルCBD協会は、今後も獣医師・専門職の皆様と連携しながら、科学的根拠と臨床現場の両方を大切にした情報発信を続けてまいります。
(この記事は、吉田昌則先生へのインタビュー内容をもとに構成・編集しています)
日本アニマルCBD協会
学術顧問
茂木 千恵